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「シフォンケーキを作りながら」(9)

第一話から読む



 それからしばらく、記憶が曖昧だ。アオヤマと病院に行って、移動式ベッドに乗って運ばれるお母さんを見送って、気付けば、美佐子さんがアオヤマにすがって泣いていた。まるで、お父さんのお葬式の時のように。
「どうしよう、どうしよう……邦恵が、啓輔もいなくなって、もし邦恵までいなくなったら、どうすればいいの……!」
 美佐子さんの言葉が、私に恐怖を植え付ける。
 お母さんは交通事故に遭った。交差点で突然突っ込んできたトラックを避けきれなくて、ぶつかったそうだ。悪いのは明らかに突っ込んできた方だそうだ。でも、もしお母さんが疲れていなかったら、もう少し気付くのが早かったら、助かったかもしれない、とも医者は言っていた。そして、お父さんも、交通事故で死んだ。もちろんお父さんは悪くなかった。でも、死んでしまった。
 どれくらいそうして立ち尽くしていたか分からない。ようやくすぐ後ろにソファがあることに気付いて、崩れ落ちるように腰掛けた。
「夏希」
 アオヤマが私の目の前に立った。
「アオヤマ……」
 声が上手く出ない。アオヤマは缶のミルクティーを私に差し出した。夏なのに、クーラーが効いているせいか妙に冷たく感じる。
「みさこさんは……?」
 缶を開けるのが面倒で、両手の中で転がしながら尋ねる。アオヤマは缶の緑茶を開けて一口飲み、答える。
「先に帰ったよ。ここにいたら、耐えらんなそうだったから」
「そ、っか……」
 声はちゃんと出ないし、頭もちゃんと働いていなかった。今までのことが全部夢のような気がして、目が覚めたら私はひとりぼっちのような気がして、でもこれは現実なんだ。そんな想像も、この現実も、全てが怖い。世界が私を恐怖させようとしているかのように。
「飲まないのか?」
「うん……」
 その中で、アオヤマだけは、怖くない。私を安心させてくれる。
「何か、寒くて。クーラー効いてるからかな」
 ぽつりぽつりと言葉が出てくる。息なんてしてないような気さえするのに、私はちゃんと生きているみたいだ。
 アオヤマは私の手から缶を取って横に置き、そっと手に触れた。とても、暖かい。
「確かに少し冷えてるかもな」
 そう言って、ワイシャツを私の肩にかける。驚いて顔をあげると、Tシャツ姿のアオヤマが微笑んでいた。
 妙に暖かくて、嬉しくて、悲しくて、苦しくて、ああ泣きそうだ、と妙に冷静に思った。
「ご、めん……泣きそう」
 それだけ告げてまた下を向くと、アオヤマは私の頭をくしゃりと撫でた。それで我慢できなくなって、ぼろぼろ涙がこぼれてくる。アオヤマはずっと、私の頭を撫でてくれた。
「アオヤマ……どうしよう、怖いよ……」
 涙のせいでうまく言えないけど、そんなことはどうでもよくて、ただ口に出してしまいたかった。
「お母さん、いなくなっちゃうなんて、やだよ……」
 だけど言葉になった恐怖がじわりと私に染みていく。なのに、私はそれを止められなかった。
「わたし、お母さんを慰めらんなくて、無理してほしくなかったのに、今日は……みんなでびっくりさせて、わたし、わたしおかあさんの役に立ちたかったのに……」
 アオヤマの手が、暖かい。なのに寒くて、どうしようもなく寒くて、体が震えていた。
「やだ、いやだ、おかあさん、いなくならないで!」
 アオヤマのTシャツを掴む。恐怖が、寒さが、体の芯まで染みこんで、それが新たな恐怖を呼んだ。シャツを掴む手に力を込める。
「どうしよう、どうしよう……私のせいだ」 
 アオヤマが、私を抱きしめた。
 何も言わないけれど、暖かい。それだけでもう、十分すぎるほどの救いだった。
「大丈夫だ、夏希。大丈夫……」
 暖かい涙が次々溢れて、それでも恐怖はなくならないけれど、私は強く強く彼にすがっていた。彼が大丈夫だと言うなら大丈夫なんだという気さえしていて。


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