入口 > スポンサー広告 > スポンサーサイト兵器の記憶 > 兵器の記憶02「兵器の記憶」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

兵器の記憶02「兵器の記憶」

/ 目次 /



 部屋の入り口に立った少女は肩より長い金色の髪をふわりと揺らして、青い瞳で私を見つめた。
「み、ミアといいます。今日からこの部屋に入ることになりました。よろしくお願いします!」
 彼女はどもりながら叫んで、緊張のために赤い顔を伏せる。手のかかりそうな子だな、というのが第一印象だった。けれど、普通の人間なら多くの人から愛されただろう。本から顔を上げ、名乗り返す。
「私はネイシャ。よろしく」
 名乗っただけなのに、彼女はやけに嬉しそうに笑う。よろしくお願いします、と再び言いながら彼女は鞄を机に置いた。
「ええと、ネイシャさんは何歳ですか?」
「十六歳」
「本当ですか!」
 彼女は目を輝かせながら「私、十四歳なんです」と笑う。
「年がすごく離れてたらどうしようかと思ったんです。私、友達とか作るの苦手で」
 彼女の中で私は既に友達になっているということだろうか。少し面倒だったけど、拒絶する理由もなくて「そう」とだけ短く返した。彼女がそれ以上何も言わないのを確認して、本に視線を戻す。けれど目が文字を追い始める前に、また声がかけられた。
「あ、あの」
 顔を上げると、彼女は不安げな表情で床を見つめていた。わずかに逡巡してから、私を真っ直ぐに見つめる。
「友達に、なってくれますか?」
 私は目を丸くしていたと思う。だけど彼女が今にも泣きそうなのを見て、やっとその不安の大きさに気付いた。
 知っている人は誰もいない。自分がこれから何をさせられるのかも分からない。逃げ出すこともできない。初めて自己紹介した相手が年齢の近い同性となれば、頼りたくもなるだろう。 本を閉じて机に置き、立ち上がって手を伸ばす。苦手だけど、どうにか笑みを浮かべる。彼女は少しだけ期待の混ざった瞳で差し出された手を見つめた。
「もちろん。よろしく、ミア」
 その一言でミアは子供のように微笑んで、暖かな手で私の手を握った。



 講堂は無言の緊張に満ちている。三十人ほどの生徒が見つめる先に私と教官は立っていた。
「始め」
 合図と同時に、私は力を操り始めた。形を変え、多くの人間を殺せるものへと変えていく。細部まで素早く整えて、最後に全体を一瞥して確認した。
「終わりました」
「合格。上出来だ」
「ありがとうございます」
 ほっと息を吐いて、魔力を形がない状態へ戻す。礼をしてミアの隣へと戻ると、自分が褒められた訳でもないのにやけに嬉しそうな顔をしていた。
「すごいね、ネイシャ」
「ありがとう」
 褒められるのは嬉しいけれど、皆から向けられる視線は居心地の悪さを感じさせる。かといって手を抜くわけにもいかず、私はそっと溜め息をついた。
「次、二十一番」
 教官の声が響く。ミアが弾かれたように顔を上げた。呼ばれたのは彼女ではなく、茶色の髪をした少年だ。
「知り合い?」
 私が尋ねると、ミアはためらいがちに頷いた。
「サイルくん、っていうんだよ」
 その声には微かな熱が込められている。そこにどんな感情があるのか予想は付くけれど、あまり面白いものではない。
 私たちは人間と見なされていない、ただの兵器だ。戦場に出るまでの間に人間らしい生活を送れはするけど、ほんの短い間でしかない。今の内に普通の人間のような経験をすれば、後からそれを思い出して苦しいだけだ。
「たまに、補習とかで会うの」
「……そう」
 余計なことを言ってミアに反論されるのも面倒くさいし、泣かれるのはもっと嫌だ。彼女の声が上ずっていることには気付かないふりをして、ただサイルという名らしい彼に視線を向けていた。



 あんまり授業は好きじゃない。成績が良くないからっていうのもある。だけどそれ以上に、人を殺す技術を身につけるのが嫌だった。
 私達はこの「学校」で訓練を受けて、戦争に行って人を殺す。皆がそれを当然だと思っていて、最初は普通の人間みたいに笑ったり泣いたりしていたのに、だんだん感情の振れ幅が狭くなっていく。ネイシャは「考えるだけ無駄」と言っていたけど、どうにもならないから考えないのが一番だって分かってるけど、それでも時々、思い出しては怖くなる。
 「怖い」って、ぽつりと漏らしてしまった呟きを肯定してくれたのは、サイルくんだけだった。
「本当はミアが正常なんだと思うよ」
 彼が何でもないように言ってのけた言葉は、多分、私が一番欲しかった言葉だ。
 サイルくんは私より三つ年上の十七歳で、ネイシャよりは一歳上だ。成績が私と同じくらい悪いらしくてよく補習で顔を合わせていた。頭は良さそうなのに、サイルくんが言うには「威力が足りない」らしい。その日も補習が終わって、部屋へと戻る途中だった。
「俺達は他の兵器と違って感情があるからね」
 私は慌てて周りを見て、先生がいないことを確認する。
「でも、皆だんだん笑わなくなるよ」
「感情がなくなったふりをしてるだけだよ」
「サイルくんも?」
 言ってしまってから、こんなこと聞くべきじゃなかった、って後悔した。私が謝ろうとする前に、サイルくんは苦笑して肩をすくめる。
「あんまり他の人に言っちゃ駄目だよ。変な子だと思われるから」
 冗談めかした言葉に頷くと、頭を撫でられた。その時になってやっと、私の部屋の前に着いたことに気付く。
「じゃあ、また補習で」
 手を振ってサイルくんは歩き去ってしまう。私はしばらくその場に立ち尽くして、サイルくんとネイシャは少しだけ似てるな、なんて考えながら彼の背中を見つめていた。



 学校と呼ばれるこの施設には、多い時でも百人ほどしか生徒がいない。人の出入りも多いし、気が合わない人だっている。だからここでの友人は希少な存在で、わざわざその数を減らそうとは誰も思わない、はずだ。
「……ミア、今、何て?」
「サイルくんに、好きって言う」
 俯いたミアの頬はわずかに紅潮している。私はそっと溜め息をついた。ミアとサイルの仲が良いのは分かっていたけど、サイルにその気があるとは思えない。精々妹程度にしか思っていないだろう。それなのにわざわざ告白するなんて、友人を減らしたいとしか思えない。
「やめた方がいいと思うけど」
「でも、言う」
 彼女の声は震えていて、だけど強かった。どうやらもう彼女の中で決まったことで、その決定を変える気はないらしい。私はもう一度だけ溜め息をついた。
「駄目だったら殴っていいわよ」
「嘘でも上手くいくって言ってよ」
 彼女は困ったような顔で笑う。ミアとサイルが恋人になっている様子を想像してみたけど、違和感しかない。兄妹なら結構簡単に想像できるのだけど。
「きっと上手くいくわ。頑張って」
 なげやりに言ってみると、ミアは泣きそうな顔で「ありがとう」と笑った。



 誰もいない講堂で、彼は一人で机に腰掛けていた。
「泣いてるの?」
 顔を上げたサイルの頬には涙が伝っている。ハンカチを差し出すと、彼は「ありがとう」と微笑んだ。
「ミアは、部屋に戻ってないの?」
「一人にしてって追い出されたわ」
「そっか」
 ハンカチで涙を拭いながら、ごめん、と彼は呟く。謝られるような覚えはなかったから、別に、とだけ返しておいた。
「どうしてあなたが泣くの」
 尋ねてみると、サイルはまた謝罪の言葉を口にする。
「ごめん」
「責めてる訳じゃないわ」
 サイルは困り顔で私を見て、少ししてから口を開く。
「顔を合わせても、もう普通に話せないのかなって思ってさ」
 淡々と答える言葉はもっと深い理由があるようにも聞こえたけれど、わざわざ尋ねる気もしなかった。
「なら、恋人になればよかったじゃない」
 どうせ半年かそこらのことでしょう、と付け足すと彼は苦笑して首を振った。
「さすがにできないよ。ミアに失礼だし」
 半ば予想していた答えに「そう」とだけ返す。
「それに、ミアにはネイシャがいるし」
 思わず眉をしかめる。サイルは「洗って返すね」とハンカチをしまって、ついでのように言葉を続けた。
「ネイシャが支えになってるから、俺が恋人にならなくても平気だと思う」
「あなたが決めることじゃないわ」
「まったくだ」
 ごめん、とまた謝る。謝って欲しい訳じゃない、と思いながら言葉にはしなかった。何を言っても結局は謝られそうで、小さく溜め息をつく。
「そろそろ戻るわ」
「ああ、うん」
 ハンカチありがとう、と言うサイルに背を向ける。歩き出す前に、後ろから声がかけられた。
「あ、ネイシャ」
「何?」
 振り返ると、彼は感情の読めない瞳で私を見つめていた。
「人を殺すのって、怖い?」
 唐突な質問。そういえばミアもそんなことを言っていたな、と思い出す。確かその時は、そんなことを考えるだけ無駄だと言ったはずだ。
怖くない、と答えようとして、少しだけ言葉を付け足す。
「怖くないと、思うようにしてる」
 微笑んだ彼の顔には、安堵も浮かんでいるように見えた。



/ 目次 /
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。