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英雄とお嬢様

1000HITお礼小話です!



 市街のお店には、見たこともない品ばかりが並んでいる。その一つ一つに気を取られていてはなかなか進めないと分かっているけどつい気になってしまう。
「フィアス」
 名前を呼ばれて顔を上げると、少し離れたところでジルがこちらを見ていた。目の前の商品は諦めてジルに駆け寄る。
「あまり店に気を取られているとはぐれますよ」
「だって面白いんだもの」
「子供じゃないんですから」
 苦笑して、ジルは手を差し出す。女性をエスコートする時の、見慣れた仕草。いつもならためらわずに手を乗せるのに、今日は少しだけ迷ってしまった。
 だって今日ここにいるのは、貴族のフィアス・ファウ・アイゲンズィンとしてではない。身に纏っているのはいつものようなドレスではなくて、綿でできた動きやすい、けれど少し落ち着かない服だ。
 迷いながらも乗せた手に、ジルが指を絡ませた。
「これなら不自然ではないでしょう?」
「そう、ね」
 動揺を抑えて答える。私より少し冷たい手や、やけに柔らかい微笑み。婚約者になってもなかなか慣れることはできない。
「……でも、これじゃあ兄妹みたいだわ」
「そうですか?」
 恋人にも見えますよ、という言葉は聞こえないふりをして、視線を巡らせながらジルの隣を歩く。
 飾りの付いていないお菓子、少しいびつな食器、柔らかい色合いの刺繍。初めて見るものに知らないふりなんてできる訳がない。
「ジル、ジル。あの食器が見たいわ」
 返事は待たずに手を引いて、食器を売っているらしい露店に近付く。屋敷で使うような陶器ではない、色の付いたガラスでできたコップが並んでいる。光を受けて商品棚に色を付け、見たことも無い模様を作っていた。
「欲しいですか?」
 コップの一つを手に取り、ジルが問う。あまり買い物をしては駄目だと言っていたのに。
「いいの?」
「このくらいならいくらでも」
 値札を見てみると、普段使っている食器とは桁がいくつか違う。確かにこれならいくつ買っても大丈夫そうだ。
「どれにしますか?」
「そうね……」
 手近にあった一つを手に取ってみる。せっかくならジルと私の分と、二つ買って一緒に使おうか。同じ柄がいいのだけれど、いかにも手作りらしいコップはそれぞれが少しずつ違う。普段使う食器は、人が作っていても全く同じに見えるのに。
 同じ柄を探すことは諦めて、ジルに似合いそうな物を探し始める。青を基調にしたものが良いだろうか。私の分はジルに選んでもらうとか……いやいや。恥ずかしすぎる発想を頭を振って追い出す。
「どいたどいたー!」
 荒々しく馬車が走る音と、先程までとは質の違うざわめき。目の前の食器に夢中になっていた私は、それに気付くのが少し遅かった。
 馬車のために慌ただしく道を開けた人達に押されて、身体が傾く。咄嗟に伸ばされたジルの手を掴むこともできず、私はきつく目を閉じた。
 けれど何故か、予測していた衝撃は訪れなかった。空気に支えられているような不思議な間隔を背中に感じて、恐る恐る目を開く。
「大丈夫ですか?」
 目の前にいたのは、白い髪の男性だった。背中を支えられて立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。えっと……」
 今、私、浮いていませんでしたか?
 つい尋ねそうになった質問を慌てて飲み込む。浮いていたなんてそんな馬鹿な。魔法や手品じゃないのだから。
「どういたしまして。怪我がなくてよかった」
 そう微笑んで、支えていた手を離す。優しげな笑みはジルに少し似ているけれど、この人の方がお人好しに見える、気がする。そんな失礼なことを考えてから、ようやく彼に見覚えがあることに気付いた。
「あら。もしかしてあなた――」
「はい?」
 首を傾げる彼につられて、私も首を傾げる。確かにどこかで見かけたはずなのだけれど、どうしても思い出せない。つい隣のジルを見ると、困ったような顔をしている。
 確か、先月だったような。ここじゃなくて、他の国に行った時に……
「あっ」
 リベットだ。フィア・リベット。禁術を盗んだ大罪人の弟で、祖国を救った英雄。
 私が口を開こうとしたとき、ちょうど声がかけられた。
「何してるんだ?」
「あ、シントさん」
 リベットさんが振り返る。何でもありませんよ、と答えて、それから私に向き直った。「じゃあ、僕はこれで」
 そう告げるなり踵を返す背中に慌てて声をかける。
「あの、ありがとうございました!」
 既に歩き出していた彼は顔だけで振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。その姿はすぐに人混みに埋もれて見えなくなってしまう。
 まさか、こんなところで英雄に会うなんて。
「フィアス?」
「……すごいわ」
「はい?」
「英雄よ、英雄! まさか会えるなんて!」
 人混みであることを気にして、一応声をひそめて話す。ああでも、この驚きと興奮を誰かに話さないではいられない。
「英雄、ですか?」
「そうよ! ほら、先月エスリアに行った時に!」
 怪訝な顔のまま首を傾げていたジルは、ようやく思い出したのか小さく声をあげる。
「そういえばあんな顔でしたね」
「もっと喜びなさいよ!」
 ああもう。一生に一度あるかないかのことなのに、ジルの反応の薄さときたら。分かち合える相手がいないなんて。
「……そうよ、一人いるじゃない」
「何がですか?」
「一緒に盛り上がれる人に決まってるじゃない! 帰るわよ、ジルの屋敷に」
「は?」
 ジルを引っ張ってさっさと帰ろうとしたら、「そっちじゃありません」と逆方向に誘導されてしまった。言われてみれば、どっちから来たのか全然覚えていない。

 カオフマンのお屋敷に帰って、いつも私をもてなしてくれるメイドに英雄のことを話して、一緒に盛り上がって、――露店で見つけた綺麗なコップを買っていなかったことに気付いたのは、夜になってからだった。


End.


 ***


 アンケートの結果を受けての1000HITお礼小話でした。アンケート結果はこちら。気付いたら5000HITになってました、が…!orz
 何はともあれありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
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