第一話から読む「無理だと思うわ」
ジルも特に表情は変えず「分かっていますよ」と返す。
「まずアイゲンズィン伯爵が許してくれないでしょうね」
「お父様はジルの家が嫌いだもの。こうして遊びに来るのも一苦労なのに」
背もたれに体重を預け、ジルは溜め息をついた。
「まあ、仕方ありませんね。少し前までは貴族ですらなかった家ですから」
「金で爵位を買った成りって言っていたわ」
「否定はしませんよ」
ジルは目を閉じて息を吐き、何かを考えているような表情で沈黙する。その様子をしばらく見ていたフィアスは片付けられていた盤から音を立てずに駒を取り出し、ジルに向けて軽く投げた。
「痛」
駒の当たった額を押さえ、ジルはあきれた目でフィアスを見やる。
「何をするんですか」
「隙を見せるからよ」
差し出された駒を元の場所に戻して、フィアスは椅子から立ち上がる。
「そろそろ戻らないと。お父様が帰ってくるわ」
「玄関まで送りますよ」
扉に向かって歩き出そうとしたフィアスは、足を止めるとジルの方へ振り返った。
「そういえば、来月のパーティだけど」
椅子から立ち上がったジルが首を傾げる。
「あなたの誕生日ですか」
「そう」
隣に並んだジルと共に、フィアスは玄関ホールへと歩き出す。
「ジルは来るの?」
「もちろん行きますよ。招待状が来ましたから」
ジルが視線を落とすと、ちょうど見上げたフィアスと目が合った。
「あなたが送ったんですか?」
長い睫毛を何度か瞬かせ、フィアスは口を開く。
「お父様が送りたくなさそうにしていたから、誕生日にはカオフマンのドレスを着たいって言ってあげたの」
「なるほど」
彼女の言葉に頷きながら、ジルは二ヶ月ほど前に父がドレスの注文を受けていたことを思い出す。
「ありがとうございます。父も喜んでいました」
「もっと感謝しなさい」
「お礼にドレスの代金を割り引かせていただきます」
ジルの父親が受けた仕事に対して、彼にそんな権限があるはずもない。それを分かっていてもフィアスは頬を膨らませた。子供そのものの表情にジルは苦笑を浮かべる。
「お金の話ばかりしていたら結婚できないわよ」
「すみません」
苦笑を保ったまま、ジルは玄関ホールへの扉を開けた。そこには既にアイゲンズィン家の従者が控えている。
「では、誕生日には素敵な贈り物を用意しましょう」
予期しなかった言葉にフィアスは目を丸くする。しかしすぐに目を細めると、悪戯好きな子供の笑みを浮かべた。
「期待してるわ」